2008/11/25

NI-WA=NO-MA・その8=泥団子で描く




ボーダレスアートミュージアム・NO-MA 地域交流事業「NI-WA=NO-MA」の第三回目(泥団子プロジェクト最終回)。今日は第一回目に作った泥団子を使ってキャンバスに絵を描いた。絵具(泥絵具)は、草木や土、炭など自然の素材を加工して作ったものである。草木は煮出し、土はふるいで細かくし、炭は割って粉にすることで顔料とした。それぞれから得た顔料に土と糊を加えることで緑茶色(ヨモギ)、紫色(マメツゲ)、なんとも言い難い青黒色(イヌタデ)、鮮やかな赤紫色(ヨウシュヤマゴボウ)、茶色(桜葉+紅茶)、黒色(炭)の6色がそろう。これはかつて僕達人類の祖先が描いた洞窟壁画や地球上の各地域に暮らす先住民の絵の描き方と同じである。絵具は買うもの、チューブから絞り出すものと思っていた子どもたちには新鮮だったに違いない。参加者全員が見守る中、一人ずつ自分の泥団子に絵具をつけキャンバスに転がす。極太、極細、ゆらゆら、Uターン・・・子どもたちが泥団子と泥絵具で描いた約30本の軌跡はすべて異なり、かつ全体の統一感にあふれていた。今回のプロジェクト記録及び作品は、NO-MAの蔵で12月10日頃から展示予定である。ただし、庭に並べたシードボールの観察記録はまだまだ続く。【2008/11/24】
Photo上 : 泥団子で描いた絵
Photo中:炭を石でたたいて粉にする
Photo下:全員が見守る中、キャンバスに一人ずつ自分の泥団子に絵具をつけ転がす
@会場:滋賀県近江八幡市永原町中 尾賀商店=築150年の家屋
写真撮影:武壮隆志さん(カウチル日記 cowchil.exblog.jp をご覧下さい)

2008/11/22

アーボリストと言う職業(2)


アーボリストの小林君(*1)から彼が書いているフリーペーパーが届く。本題の堆肥づくりよりも「髪の毛を切った!」(彼の場合、伐ったという方が適切か?)ということが印象的な一文。これで木登りの時に標準サイズのヘルメットがかぶれる?【2008/11/21】
*1 アーボリストと言う職業(1)10月21日をご覧下さい。

2008/11/19

市民ガーデン(3)ニュースレター創刊号

いよいよ「(仮称)小諸・市民ガーデン」プロジェクトが動き出した。市民・地域住民の方々に広く知ってもらうためにニュースレター(まちづくり通信の中に入る)も出来上がった。今回のプロジェクトのような公園づくりは事例が少ないだけに手探り状態だ。さてさて市民の皆さんの反応は如何に!【2008/11/19】

2008/11/15

雑草を考える

 夏前にNHKでイングリッシュガーデンの番組を放映していた、紹介された庭園の一つにコッツォルズ地方の「KIFTS GATE GARDEN」があった。この中で庭のオーナーのことばが「雑草は種をつけるまえにとらなければいけない」とナレーションで通訳された。確かにオーナーは「ここのWEED(=直訳だと雑草)は取り除かないといけない」と話している(英語では)。しかし、その雑草はオーナー自身がそこに植えた結果、旺盛な繁殖を行っている植物である。(実際に植物層の貧相な英国の自然においては雑草とて人為的に植えられたものがほとんどだ)そのような庭の歴史と背景を考えるとこのNHKのナレーションは適切でない。この場合は、「この草は庭のここのエリアで他の植物が生育するために取り除かなければいけない植物」もしくは「この草は他の草の生育にとって望ましくないので取り除かなければいけない」と訳されるべきである。これは実際の取材現場のプロデューサーまたは通訳の理解不足・勉強不足によるものかどうかは判らないが、もう少し視聴者に対して適切な表現をしてもらいたいと思った。(取材の中で、その雑草はどういうものか、どこから来たものか、なぜ必要ないのか・・・の裏をとることが大切)このちょっとしたあやまちが庭づくりにおいてある誤解を生み出すことになる。つまり「雑草はとらないといけない」。このような初歩的なミスが最近のTV番組に多い気がしてならない。一方、今年6月に世を去ったターシャ・チューダの取材では、この点については感心するばかりにきっちりと取材がされていた。こちらは気難し屋のターシャ・チューダとの長期にわたる取材の結果だと思う。やはり時間のなかでの共有体験がいいものづくりには欠かせないと言うことか。話しを庭にもどし「雑草の考え方」として、「ある特定の場所で自分が育てたい植物の生育を妨げるある種類の草花を雑草」と言うことにしよう。だからどのような草花も雑草となり得るし、また雑草は必ずしも取り除く必要は全く無いのである。
 小諸・市民ガーデンの打合せでW氏のご自宅でお世話になる。ベッドの横にターシャ・チューダの写真集を見つけ、読みふけるうちに少し前に気になったことを思い出した。【2008/11/16】
Photo : 小諸のWさんの庭、先日NHKの庭番組で紹介された。中央の井戸は、実際の井戸ではなくダミー。

2008/11/09

草木染め

近江兄弟社学園のヴォーリズデイ(学園の文化祭的な行事)に参加させて頂いた。小学校保護者の方々と「草木染め工房」(*1)を開いた。メニューは二種類、「桜の秋葉染め」と「セイタカアワダチソウの花色染め」。桜の葉(学校の正門)とセイタカアワダチソウの花(近くの河川敷で採集)の煮汁(染液)で木綿のエコバックを染色した。媒染液の材料は小学校の水田から集めたワラ灰とミョウバン。材料は出来るだけ学校とその周辺で簡単に入手できるものにこだわった。結果は写真を見ての通り、材料も条件も同じなのに作者ごとに違う色と模様がとても面白い。(Photo : 黄色がセイタカアワダチソウ、赤茶色が桜葉。桜葉染めのバックは桜餅の香りがします。白い部分は輪ゴムで絞りをかけた部分。)
 簡単に出来るので庭の落ち葉や剪定した枝葉でも試したい。方法を簡単にご紹介します。1)染液をつくる:まず鍋に枝葉(枯葉、生葉・生枝を問わない、でも泥や汚れは洗っておく)と水を入れて20〜30分ぐらい火にかけ、煮汁が出たら枝葉などをザルで漉し、残った煮汁が染料となります。2)媒染液をつくる:灰が手に入ればそれを使い、なければ薬局でミョウバンを買って(大きめの洗面器にティースプーン一杯ぐらいをいれ水が透明になるまで撹拌する)それぞれの水溶液を作っておきます。なければ無媒染でもかまいません。3)染める前に:布は事前にお湯で十分に洗いのり等の不純物を取っておく。布を輪ゴムで縛ることによって模様もつくれます。4)染める:布を作った煮汁(染液)に漬けます(ナベを火にかけたまま15〜20分)。5)媒染:布が十分に染まったら良くしぼり、別のお鍋に用意しておいた媒染液の中で5〜10分程度振るいゆすぎして発色させます(この時にまんべんなく布を液の中で泳がせるとムラが出ない)。5)最後に:布を水でゆすぎ、絞り、干す。乾いた後にアイロンをあてる。アイロンで熱を与えると変色する場合もあります。どんな色に染まるかはお楽しみ(*2)。染めの作業はほとんど料理の世界。庭いじりは植物を育てること以外にもこんな愉しみもあった。皆さんも一度、お試し下さい。
【2008/11/09】@滋賀県近江八幡市近江兄弟社小学校

*1:「染め」は古来より草木や泥を染料としたものだから「草木」という現代の言い方に抵抗がある、しかし今回はあえて「草木染め」としました。現代の染めを「化学染料染め」と言う方が正しい。
*2:草木染めのテキストを読むといろいろなことが書かれていますが、あくまでも庭の愉しみの延長なのでこの辺りはこだわりません。むしろ自由に楽しみたい。

2008/11/08

NI-WA=NO-MA・その7=シードボール「かいわれ団子3」

NO-MAの庭のシードボールが一段と砂利の中の緑の島になって浮き上がってきた。【2008/11/08】

2008/11/07

環境カウンセラーと五十鈴川

環境省が定める制度に環境カウンセラーというものがある。環境カウンセラーとは、市民活動や事業者の中での環境保全に関する専門的知識や豊富な経験を有し環境保全活動に関する助言などを行う人材として、環境省が審査を経て登録するものである。僕もこの環境カウンセラーの端くれで、今年度末までに更新をしなければならない。さてこの更新は3年毎必要であり、3年と言う期間中に少なくとも一度の研修を受けるべきとされている(以前は更新の必要条件だった)。今年も全国の主要な地域で様々なテーマで研修が行なわれているので自分が求める内容を選び研修を受ければいい。僕は「生物多様性」をテーマにした名古屋での研修に参加した。会場は「国際会議場」と称するすばらしい建物であり、参加者数に有り余るほど広く、時期外れの冷房を効かせた部屋が用意されていた。環境問題を語るには面白い。ところが、研修の内容はメインテーマである「生物多様性」はかすっただけ、環境カウンセラーに求められている専門知識を実践として活かす内容にそったものともほど遠いものだった。その内容は、行政の考える環境教育施設の紹介に終始した。施設の将来構想といえば既に海外の環境教育系の施設が相当前から実践しているものである。どこにも独創性や先進性が感じられない。研修とは名ばかりの表面的なものだったことは残念。唯一、地元の方の実践発表は面白かった。やはり紆余曲折の永年に渡る活動は興味深い。結局、研修の終了を待たずに会場を後にすることにした、研修担当係の方に名札とアンケート用紙を渡すと「ここで帰ってしまうと研修終了証書の発行が出来ませんよ・・・」と。そんな研修終了証書の発行のことよりも研修自体のあり方を見直してもらいたいと思った。それに僕は研修終了証書なんて興味がない(もちろん興味がある人もいるだろうけど)。それよりもこの機会に伊勢神宮の森に是非とも行っておきたかった・・・、名古屋から伊勢神宮に向う。十数年ぶりに訪ねた伊勢神宮の森と五十鈴川は、期待を裏切らないすばらしさだった。たった数時間だけだが紀伊山地を源にする川の流れと周囲の森を歩き、身を浸すことは、あのすばらしい国際会議場でいくら時間を使ったとしても得られないものがある。まさにここには「生物多様性」の森があった。つまらない机上の研修よりも、ここの森を歩くほうが質も実もある。おまけにおいしい「赤福」もある。【2008/11/05】@伊勢神宮・内宮・五十鈴川

2008/11/04

NI-WA=NO-MA・その6=泥団子で絵を描こう(素材)

11月24日にNO-MAで予定している「泥団子シリーズ」の年内最終回「泥団子で絵を描こう」の為に絵の具の材料となる草木の実を探した。いっぱいあるはずのクサギとヨウシュヤマゴボウの実がぜんぜん見つからない。あてをつけていた安土文芸の里周辺を歩くも収穫はない。これには正直まいった。五個荘町に入ってから少しずつ見つかるが依然として収量は少ない。この原因を考えた、まず一つ目:連休のために路傍の草刈りがされてしまった。そして二つ目:これらの草木は人の手が入った野山・林縁に真っ先に成長する種だ。ひょっとすると以前に増して林縁に人の手が入らなくなったためにこれらも生育することが難しくなったのか。やっと見つけた場所は道路のアスファルトの端っこだった。庭づくりの話から遠い話題だがご勘弁を。 【2008/11/02】Photo : ヨウシュヤマゴボウの実 @滋賀県能登川

2008/10/31

NI-WA=NO-MA・その5=シードボール「かいわれ団子2」


NO-MAの庭のシードボールを見る。泥団子の間からもくもくと沸き立つ雲のようなみどりの若葉がきれいだ。良くみると3種類ぐらいの草花が発芽しているようだ。小さな泥団子が、小さな緑の団子へと変化し、それらが造る大きな緑の塊。これからの成長が面白そう。
【2008/10/31】

2008/10/28

NI-WA=NO-MA・その4=シードボール「かいわれ団子」


シードボールから根が出てきてあわてて地面に並べてから2週間(*2)が経った。真っ先に根をボールの表面から出した種のほとんどは枯れてしまった、根が太陽に照らされ乾燥したからだ。一方、根をボールの中に伸ばし、あるいは根が本来の地面に達した種からはようやく双葉が出始めた。ご覧のようにシードボールは、「かいわれ団子」と化してきた。かちかちだった泥団子も発芽の力でひび割れがいっそう進んでいる。シードボールの下の土中に埋まっていたスイセンは地表を泥団子でおおわれ元気な感じ。【2008/10/28】
*1シードボールを作った日/10月11日
*2シードボールを地面に並べた日/10月15日
Photo : 撮影/柴田理恵子(NO-MA)

2008/10/25

庭を旅する/第四歩 桂離宮(京都)★★★★★

 仕事で桂離宮に行く。前夜からの雨でお庭全体が瑞々しく大変に美しい。ここ桂離宮(*1)の庭はいろいろユニークな試みがされている。茶屋の窓からの風景、灯籠の形、園路の床材、飛び石の形などどれもすばらしい。このお庭を見るには事前に宮内庁に参観申し込み(*2)を提出しなければいけない。そこで今日は参観申請をせずに(*3)桂離宮の特異性が見れる庭を紹介。
 桂離宮の表門から左に道路(東方向)を進むと間もなく高さ2.5mほどの緑の壁が見える。これが桂離宮でしか見ることが出来ない「笹垣」、生きた竹を枝折る(しおる)ことで造られている。内部は「建仁寺垣」と呼ばれる竹垣があり、その表面に生きた竹が固定されている。この「笹垣」は、10年毎に造り換えられる(更新)と教えて頂く。この10年という年数は、内部の「建仁寺垣」の耐用年数と竹の寿命とが上手く合致している。この「笹垣」に使われる竹は2〜3年生竹、この竹の寿命が約12〜13年。「笹垣」は、この新しい竹の幹に切り込みを入れ、ねじりながら枝折り「建仁寺垣」の頂点から地面にそって固定することによって造られる。横から見れば地面から生えた竹(垣の庭側)が湾曲して、(庭の外側の)地面に入っていく感じ。つまり竹の根元(庭側)と頂点(外側)は地面にある。使われる竹は建仁寺垣の近く過ぎると上手く曲がらない、遠く過ぎると無駄である、そのため建仁寺垣と程よい距離を保っている。「笹垣」を造った後は、垣近くに生える竹を伐りながら手入れされる、垣を作り替える数年前からは(垣から)程よい距離に生える竹を育てていく。この将来を見据えた管理時間の計画と技術そしてユニークさに驚く。庭を手入れすると言う言葉の意味を凝縮した話しを伺うことが出来た。
 余談だが多分、この「笹垣」を乗り越えようとしても足がかりとなるはずの竹の枝葉は滑りやすく、しかも下を向いているので登れない。風景と機能を両立させたすばらしいアイデアだと思う。
【2008/10/23】

Photo(上):道路に面した笹垣(表側)、人為的に固定された竹とその背後に自由にゆれる竹との対比が美しい。
Photo(下):笹垣の裏側(つまり庭側)、竹のしなり具合がよく判る。

*1 桂離宮(かつらりきゅう):17世紀の初めから中頃までに、八条宮初代智仁親王と二代智忠親王によって造られたもので、日本庭園として最高の名園といわれています。昭和8年(1933)ドイツ人建築家ブルーノ・タウト(1880年〜1938年)が桂離宮を拝観、「泣きたくなるほど美しい」と絶賛。海外にその存在を紹介する。
*2 参観申し込み/宮内庁ホームページ http://sankan.kunaicho.go.jp/guide/katsura.html
*3 笹垣、穂垣、表門は外部に面しているので許可書がなくても誰でも見ることができます。

2008/10/22

アーボリストと言う職業(1)

「庭にはイノチの風がふく」に奈良から参加してくれた大学の後輩・木登り庭師(*1)小林君がフリーペーパーに掲載している樹木エッセイを送ってくれた。彼はイギリスで高木の維持管理手法を学んできた。街路樹に20mをはるかに超し、直径1m(歩行者の目の高さで)以上の太さの樹木があたり前に道路際や公園、歩道空間に生育するイギリスで生まれた技術。言い換えれば、木が成長することは新陳代謝の結果である枝葉を下に落とすことを意味する。それは歩行者にとって時として危険であり障害となる。そのために歩行者の安全を守るために木を伐るのではなく、ちゃんと手当(管理)を行うという考え方である。残念ながら日本ではこのように技術は発達しなかった。なぜなら歩行者の安全のために伐るからである。(悪いものは元から絶つと言う訳だ=木が悪者になっている)元々、木を伐って植える技術(この植える技術はすばらしい)があるからだ。しかし今の日本の街中から優れた(生態的も風景的にも)樹木がなくなる現状では、伐ることよりも残すことを優先すべきだ。今までここは大丈夫と思われていた神社・お寺の森にまでその危機はやってきている。さすがに木をバッサリと伐られることは少ないが落葉・落枝の苦情で(やむなく)立派な枝を切られることは日常的に行われている。見るも無惨な姿となった樹々が多くある。切れば良いってもんではない、元来、日本庭園で培われてきた切って育てる・育てるために切る考え方が現在では欠如している。悲しいことに今や神主や住職までもが落葉を嫌っている。そして造園屋は、庭木の剪定に関しては世界に誇る技を持っているが、自然樹木の管理に関しては全くといっていいほどできない。今こそ必要なのが小林君が学んできた技術、自然樹木・樹林の「手当・世話」をどう考えるかと言う技術と身体的な技である。
 さて話しを彼の樹木エッセイに戻し、僕は今日は皆さんにこの質問をします。「あたなの好きな木はなんですか?」【2008/10/21】

*1:木登り庭師=アーボリスト 高さ30mを超える高木の特殊剪定・管理技術。クライミングギア大国イギリスならではの技術応用で、岩登りの技術と道具(ザイル、ハーネスなど)を駆使して、英国王立植物園が培ってきた樹木管理を基本に、樹木の生育環境に不可をかけず、かつ安全に行う樹木管理技術および技術者。

庭にはイノチの風がふく


去る19日に「庭にはイノチの風がふく」庭話を巡る話しと歌やスライドの会を行った。沢山の方々に集ってもらえた。僕の話しは、家には大別して「かたい家」と「やわらかな家」がある。「かたい家」とは壁構造の家、「やわらかな家」とは柱構造の家。この二つは、虫の体(外骨格)とヒトの体(内骨格)に例えた。前者は石造、レンガ造など壁で支える家、自然を生活内部に取り込もうとして様々な工夫で「庭園」が発達した。一方、後者は柱で支え壁は外と内、間仕切り程度の緩やかな移動性の壁を持っているので必要に応じ自由に部屋を増やせことが出来る、また簡単に自然を内部に取り込めた。結果、家の内部さえも庭に、庭さえもリビングになってしまう自由さも持ち合わせていたために「庭園」のようなものに頓着しなかった(もちろん日本庭園のような特別な世界もありますよ、しかし日本庭園もいかに自然を内部に、精神的に取り入れようとした結果の庭)。両者ともに地域の環境を読み取った結果できた優れた建築であり庭である。さまざまな自然環境のなかで、さまざまな自然観をもって人間の暮らしが成り立っている。旅の中で巡りあった多くの「ニワ」にはまさに「命」の風がふいていた。そんな思い・気づいたことを「ニワ論・にわ感」として伝えた。なにぶん時間の制約もあり慌ただしさだけが残ってしまった感もある、反省。もう一度、今後は連続企画として続けたい「庭にはイノチの風がふく」だった。感謝。
【2008/10/21】

2008/10/20

市民ガーデン(2)国交大臣賞に選定!

今春から検討を始めていた「小諸コミュニティガーデン計画」を第19回「緑のデザイン賞」(都市緑化基金、第一生命主催、産経新聞社など協力)(*1)に応募した(8月)。やっと結果(10月16日8時3分配信 産経新聞)が出た、めでたく国交大臣賞に選定! これで一息、ただし計画コンセプトはこの公園を市民の自力施工でしようと言う新しい試み。受賞したのはいいがこれからが本番、さてどのような体験が生まれるのか楽しみである。【2008/10/19】

*1 : 緑のデザイン賞=都市緑化基金が第一生命保険相互会社の共催により、地域社会の質的向上を目指し、全国の公共団体及び民間の団体から新たに提案される緑化プランを募集し、優秀なプランに対してその実現のための助成を行うもの。

2008/10/17

NI-WA=NO-MA・その3=シードボール「ならべる」


NO-MAのスタッフ=Sさんより突然の連絡を受ける。先日作ったシードボールが大変なことになっていると・・・行ってみるとなんとすでにレンゲの種が発根し始めている。握りの弱い団子はすでにばらばらになっている。急遽、乾燥を待たずにNO-MAの庭に並べることにする、ちょうどそばにあったフラフープをフレーム代わりにして、中にシードボールを並べる。なんとぴったしフラフープの中に収まった。これらの団子たちがどのように変化するのか楽しみだ。それにしても早すぎる発根だった、植物の力にあらためて驚く。【2008/10/15】

2008/10/12

NI-WA=NO-MA・その2=シードボール「つくる」



ボーダレスアートミュージアム・NO-MA 地域交流事業「NI-WA=NO-MA」の第二回目。今日は前回の泥団子の素材にあらたに水田の土、草花の種(十数種類)を混ぜ「シードボール(称して八幡団子)」を作る。大きな手で小さなボールを作る人、小さな手で特大団子を作る人。2時間の間に大小約120個以上のピカピカのシードボールが出来あがった。これをゆっくり日陰で乾燥させ(急に乾燥させるとヒビがはいるので)、庭に並べる。シードボールは冬を越し、やがて発芽の条件がそろえばさまざまな草花の芽がボールから出るはず。夏前にはNO-MAの庭も花いっぱいになるだろう。【2008/10/11】
Photo上 : 水田の土と草花の種子を混ぜ合わせる. 
Photo下 : 出来あがったシードボール. なんだかおいしそう。

2008/10/04

庭づくりの隠し味「混ぜる」

庭づくりは身近で小さな空間に植物の生態系(群落)を生み出すことだと思う。街の中で良く目にする単一植物(主に一年草)ばかりだと手間もかかるし、費用も馬鹿にならない。そこで多年度に渡って庭を楽しむためには宿根草(*1)を基本とする植物の群落を創ることが大切。参考書を見ると植物の組み合わせとか、色の組み合わせとか、いろいろと難しいことが書かれている。また本によっては、異なることが書かれていることもある。そんな時は、自分が育ててみたいと思う植物を植えてみれば良い。植物自身が成長していく中で他の植物との関係を生み出していく。それを見ながら新しい植物を加えたり、すでにある植物を引いたり(つまり足し算引き算をする)すればいい。その時のコツは、「まぜる」こと、ただし1株づつ交互に植えて混ぜるのではなく、同じ種類または同じ仲間を数株まとめて植え、かつその他の種類と混ぜること。言い換えれば同じ種類ごとに小さな「島」を造り、別の種類の「島」と重ねてゆくこと。混ぜることによって、庭に奥行きや変化が生まれる、病虫害も起こりにくい。【2008/10/04】

Photo : 生垣も混ぜることで季節の変化を楽しめる、病虫害も起こりにくい。シャリンバイ、ウバメガシ、西洋イボタ(プリペット)、トウカエデ、イロハモミジなど5種類以上の木が混食されている。まるで上空から森を見ているようだ。昔の庭屋はなかなか面白いことしたもんだ。@京都市立美術館

*1 宿根草(しゅっこんそう)は、多年生の草本のうち、生育に適さない時期(多くの場合冬であるが、夏のこともある)には、地上部が枯れてしまうが、それをすぎると発芽して、再び生育を始める草本類植物(樹木は木本類と言う)。ただし最近は常緑性の多年草も含め宿根草と言う傾向にある。

2008/10/02

風車をつくる(2)




近江兄弟社小学校・風車づくりのワークショップ(WS)から出された4つの班案をまとめた。それぞれ工夫と悩みがかいまみれ面白い。これからより具体的な設計に入るために明日は全校生徒に4つの案を説明・人気投票を行う。このような形であってもWSに参加出来なかった子どもたちにも少しでも多くの機会をもって風車づくりに関って欲しいと思う。どれか一つにしぼると言うことではなく、全部のアイデアから良いところをいただこうと思う。【2008/10/02】

Fig:4つのグループから出された案をまとめたもの。
■第1班:昔、水田で活躍した「じゃぐるま」を利用する。
■第2班:風車で水車をまわして水を動かす、水車の形に工夫。
■第3班:風車の回転を利用して手押しポンプを動かす。連結部のウデ部分に工夫。
■第4班:自転車の車輪を利用した風車、回転すると電灯も点灯する。計画地に立っている電柱に風車を並べる。

2008/09/29

NI-WA=NO-MA・その1=泥団子「こねる・まるめる」

今日は、ボーダレスアートミュージアムNO-MAとのコラボレーション「NI-WA=NO-MA」の第1回目泥団子づくり。(詳しくは左の「つながり/ボーダレスアートミュージアムNO-MA」でご覧下さい)3日前までの申し込み状況から予想をはるかに超える総勢50数名が小さな庭に集った。前半は演劇家・金紀江(キムキガン)さんのお芝居「子犬のうんち」=嫌われ者の子犬のうんちは、実はきれいな野草が花咲くために大切なものだったという展開。今回の泥団子プロジェクトも、単なる土の塊も草花が育つための大切な大地であることをアートとして展開するもの。アートの題材の多くは自然の造形や素材から生まれる。だから単なる泥団子ではなく草木の種子をいれた「シードボール」をつくりNO-MAの庭を花でいっぱいにする計画。シードボールが天からの水と風の流れのなかで風化し、そこから草花の芽が生まれ出る、この時間経過・変化を記録しようと思う。今回はまず「シードボール」づくりの練習。素材は近江八幡にこだわった=土は八幡山の土、水は八幡山の谷川の清水と八幡堀の水、土に含まれるのは八幡の空気、そして土をこね・作るのは八幡の子どもたち。泥団子づくりは初めての子どもたちも多かったが、皆自分自分の団子を作った。参加者のお母さんのことば「この子こんなに泥いじりが好きなんだ」。土いじりは子どもの本能だ。土と水と空気の入り混じった感触、自由に形を変える塊、冷たくも暖かくもある温度感、子どもたちが自然をそして庭いじりを好きになるためにはまず土いじりが大切だ。次回10月11日は土に草花の種子を入れてつくる泥団子=シードボールづくり、これを称して「八幡団子」。夏には小さな庭がどんな庭に変化するのか楽しみだ。【2008/09/28】
Photo上:泥団子とタカノハススキ(鷹之羽すすき)の穂
Photo下:泥団子をつくる子どもたち(撮影:武壮隆志)

2008/09/26

今日の仕事場/近江兄弟社学園のジオラマ模型

近江兄弟社学園に行った。玄関ロビーに高校生がつくったキャンパスのジオラマ模型が展示されていた。少々ラフながらも建築と庭の特徴をよくとらえている。前庭広場の風車もちゃんと表現されている・・・と思いきや、やはり建物は実測作業も行ったそうだ、体を使った作業は見る者へ与えるインパクトが違う。但し、現実と違う所は隣地が森になっていること。確かにここが森ならさらにいい環境となるだろう。はたして森を作った「その心」とは何だろうか。模型を作ることとは、その場所に自分がなにを期待するのか、自分が何をしたいのかを無意識のうちに考えることでもある。自分たちが暮らす学校を俯瞰(ふかん)でとらえながらも、細部を作り込んでいく。完成までに俯瞰と細部を何度も行ったり来たりしたに違いない。きっと作り終えた後は普段とは違う学校の空間と自分に気づくはず。さてこの模型、造園学専攻の大学1回生がデザイン実習で作るほどの良いできだった。何よりも製作中の賑やかさが聴こえてきそうなところが良い。
【2008/09/26】 

2008/09/23

庭づくりの隠し味「オバナ・タニグチ・ドウノマエ」

庭づくりにはいろいろな隠し味がある。隠し味が入ること庭がずっとよく見える。今回は「オバナ・タニグチ・ドウノマエ」。
 まず一番目「オバナ」:庭を広く見せたり風景の変化をつくるために、その高さは状況で違うが「築山(つきやま)=土を盛ったところ」を造ります。その時に築山のてっぺん(一番高い所)に木を植えたり、石を置くことは避ける。てっぺんは大切な場所(神様の場所)だから、木を植えるならてっぺんの向こう側、もしくは左右どちらかの肩の部分に植える。(どちらがいいかは周りの様子で変わります)またもう一つの「オバナ」これは岬状に突き出た場所を造ったとすると、この先端にも木を植えない。この場合は少し後ろに植える。
 二番目は「タニグチ」:築山を造ったり、石を置くと何が起るか?雨が降った時に雨水が集る場所が出来ます。水は高い所から低い所に、広い所に集った水は狭い所に集ります。その水が集りやすい所は要注意、ここには湿っぽい所が好きな植物を植える。乾燥が好きな植物を植えてしまうと結果は見えている。また水を受ける植物を植えることで土が流れることも防げる。
 三番目「ドウノマエ」:さすがに今ではお庭にお宮があるところは滅多とないと思いますが、ここでの「ドウノマエ」はアイポイントとなる石や、飾り(オーナメント)です。アイポイントのすぐ前や視線の重なる場所には木を植えたりするのは避ける。自分が立つ位置とアイポイントを結んだ線からすこしずらした位置に木を植えることで奥行き感がずっと出て来ます。
 この3つのポイントは広い庭でも、小さな庭でも同じこと、もっと小さくなって植木鉢でも同じこと。【2008/09/23】

2008/09/20

今日の仕事場/病害虫と植物の関係

 本日の午後は、公開シンポジウム「マツタケがつなぐ世界」(主催:京都大学マツタケ研究会+まつたけ十字軍)に出席。なかなか興味深い話しが続いた。最後の方で昆虫学の先生から「松の木とマツカレハ」の関係が紹介された。次のような内容だった「マツカレハ(*1)の卵や幼虫を松の木に放す、健康なマツや自然度の高い環境にあるマツに放しても決して大きな被害にはならない。幼虫が生存出来ない、成虫にまで成長出来ない。つまり捕食者(場所によって捕食者はアリやハチ、鳥に変化する)によって食べられてしまうからだ。ところが別の場所のマツに放すと大きな被害を出す。そこには捕食者が存在しないからだ。また、松の葉は三年間つく、小さな毛虫は若い葉っぱを食べ、成長するごとに古い葉っぱを食べるようになる。管理された庭の木はわざわざ古い葉っぱを取ってしまう。もし大きな毛虫が古い葉っぱを食べてくれるなら、わざわざ人が取らなくてもいい。毛虫が落とす糞も大切な養分となることも考えられる。害虫は多いから害虫で、少なければ益虫になるんだ。(という解釈も出来る)」(言い換えれば人為的に古い葉っぱを取っていれば大きな毛虫は防げるか?)
 このことを庭づくりに当てはめれば、庭の昆虫が多様性に富めば害虫被害は少ないと言うこと。単一植物の花壇は極めて病虫害に弱い。
また一昨日はキノコの研究者の方に「キノコと樹木の関係」を教えて頂いた。「キノコには、腐朽菌という種類がある。腐朽菌は樹木の養分をもとに成長する。腐朽菌が付くと樹木は弱っていく。腐朽菌は健康でない植物を早く分解させることに役立っている。ただし、いくらキノコが菌糸を樹皮にいれたとしても健康な樹木はそれをはねつける、ぜんぜん大丈夫。」(ちなみに松茸は共生菌、松茸が生えている松は成長がいい)
 なるほど、この2つの話しをまとめると病害虫の発生は、植物が生育する環境と植物そのものの健康状態に左右されるものであることがわかる。桜並木などでただ一本だけ病虫害に侵されている木や唯一の庭木が毛虫に食われているケースを見る(Photo)。これは、その木の健康状態や、その場所の生態系の脆弱さを物語っている。今まで自然の山や森を見て経験値として知ってはいたが研究者の方の話しを伺うとなるほどと頷かずにはいられない。【2008/09/20】

Photo: 毛虫に食われて無惨なソメイヨシノ、実はこの桜が植えてある場所は地下水位が非常に高く、桜を始め多くの樹々の樹勢は非常に悪い。弱った木は、病虫害への抵抗力が小さい。殺虫剤を撒いたとしても根本的な解決は出来ない。木が大きくなり地中に根を張り始めると根腐れで枝の先が枯れてくる。2008/09@滋賀県旧豊郷小学校の庭

*1:マツカレハはカレハガ科の一種、日本全国に分布。終齢幼虫は体長75mmに達する大型の毛虫で、俗にマツケムシと呼ばれています。毒性はドクガほど強くありませんが、刺されると激痛あり。

イベント情報/国際ガーデン&エクステリアEXPO/会期終了

■第2回国際ガーデン&エクステリアEXPO
■第5回国際フラワーEXPO(同時開催)
会期:2008年10月30日(木)〜11月1日(土)
会場:幕張メッセ
入場券はホームページに申し込めば無料(入場券無しの場合2000円)
詳しくはホームページで http://www.gardex.jp/

展覧会情報/つながれ時間=茗荷恭介・北川陽子二人展/会期終了

■つながれ時間=茗荷恭介・北川陽子二人展
会期・10月1日(水)〜10月26日(日)
場所・東近江市能登川図書館
入館料:無料
ギャラリートーク:
茗荷恭介(鉄の造形)10月11日(土)15:00〜
北川陽子(麻織物)10月25日(土)14:00〜
関連イベント:ベーシスト・斎藤徹ソロライブ10月18日(土)19:00開演(18:45開場)定員120名、要申し込み
問合せ:能登川図書館0748-42-7007

2008/09/19

イベント情報/第23回ハンギングバスケット&コンテナ展/会期終了

■オータム・フェスタ イン みずの森2008
期間:2008年10月3日(金)〜10月19日(日)
開園時間:9:00〜17:00
場所:草津市立水生植物公園みずの森
入場料:大人300円、高校生大学生250円、小中学生150円、毎週土曜日;小中学生無料
問合せ・連絡先:077-568-2332
ホームページ http://www.mizunomori.jp/

2008/09/16

イベント情報/Happy Forest Project 2008 in Taga 〜 Green Diamond/会期終了

■ハッピィ=フォレスト=プロジェクト 2008 in 多賀
「シアワセな森はみんなの宝物みたいに、そこでキラキラ光ってるよ!」素敵な音楽、素敵なモノづくり、素敵なサービスやお店を、琵琶湖のルーツである水源の森にもちこんで、そこで過ごす気持よい時間を楽しもうというイベントです。このイベントは昨年の夏に余呉でスタートし、今年は多賀にやって来ました。(チラシより)
会場:滋賀県犬上群多賀町藤瀬高取山ふれあい公園”森のドーム”周辺/期日:2008年9月27日(土)雨天決行・荒天中止 open11:00~20:00/費用:2000円(但し公園入場料含まず)小学生以下無料/主催:ハッピィ=フォレスト=プロジェクト実行委員会(080-5364-2415・ヒライ)http://www.h-f-p.net/【2008/09/16】

今日の仕事場/オバナ・タニグチ・ドウノマエ

先日の森林再生の会議の時に聞いた言葉を紹介します。近年、気候の変化に伴い自然災害(特に雨による土砂災害、水難事故)が多い、今まで信頼されてきた砂防ダムの崩落もあった。その自然災害へのリスクマネージメントをちゃんと森に暮らす人々は古くからいい伝えとして持っていたと言う。「オバナ・タニグチ・ドウノマエ」なんだか呪文のようだ。「オバナ」とは、すーっと一定の勾配で降りている尾根の傾斜が急に変わっている場所のこと(尾鼻)をさす(昔、地崩れがあったと想像される場所)。「タニグチ」とは、沢と沢が出会う場所であったり沢の入口(谷口)(雨が降った時に水量が急に増す場所)。最後の「ドウノマエ」とは、お堂や祠の前のこと。自然への崇敬の念。「水の神様、山の神様」に対しての礼儀である。この言い伝えは三重県で伝えられる。興味深いことに、これが大台ヶ原の山を越え奈良県側にいくと「オザキ・タニグチ・ミヤノマエ」に変る(尾鼻が尾先に、堂の前が宮の前になる)。つまりこのような自然災害の起きやすい所には家を建てはいけない。そして自然への感謝を忘れないようにと言うことだろう。同じような話しは、山梨県の竜王というところでも聞いたことがある。「竜王」の辺りには家を建てるもんじゃないと言う。この場合の「竜王」は、川が蛇行していた様相からついた地名。よって一帯は古くから洪水敷きである、河川の堆積地盤で家を建てるには相応しくないということ。昨年、新潟の山古志村(地震被災の)を訪れた時、驚いた。遠くから高い樹々が残る場所には必ずと言っていいほどそこにはお堂やお宮があったからだ。近くには古い民家も健在だった。確かに予想を超えた地震災害ではあるが「オバナ・タニグチ・ドウノマエ」の言い伝えは明らかなように感じた。今の自然災害は、「地」の脈絡を読めなくなった都市計画や土木技術の責任も大きい。次回は庭づくり隠しポイント「オバナ・タニグチ・ドウノマエ」を紹介します。【2008/09/16】

2008/09/15

お知らせ/庭にはイノチの風が吹く/会期終了

10月19日(日)午後6時30分〜 近江八幡のTae Space「茶楽(さらく)」で庭を巡る話と歌・スライド・語り「庭にはイノチの風が吹く〜庭づくり・樹々との共生の誘い」があります。プロデュース&コンダクター:鳥井しん平、楽士:みやもとはじめ、弁士:かわいつぐお。
Tae Space「茶楽」の建物は、八幡堀端に建つ築160年の土蔵(材木蔵)で八幡堀の舟運を活かした場所にあります。場所:近江八幡市佐久間町17-1 電話:0748-32-8885

2008/09/14

庭を旅する/第三歩 素夢子の庭(京都)★★☆☆☆





京都のビル街・烏丸三条から西に入った所に「素夢子(そむし)・古茶家(こちゃや)」という韓国料理店がある。今日は森林再生に関しての会議、私たちが陣取ったのは外壁と店内の間に設けられた小さなスペースの外テーブルで食事をしながら。店の入口で立ち止まり、前の草花を眺め一言二言、人の声が中まで良く聞こえる。店と道路との間には、版築(はんちく)(*1)で造られた低い壁を持ち、わずかな隙間にたくさんの草を生かし、独特の庭を創っている。面積にして二畳程度の小さなもの。そこに生える草は「雑草」と呼ばれているものたち。店の軒下から道にせり出した柳が唯一の木。店に入るにはまずそれらの雑草をまたぐことになる。とても狭い場所なのに、遠くからでもよく見え、ビルに囲まれた場所とは思えない気持良さ。版築壁と草花だけをみると、どこかお寺の風景を切り取ったようでもある。ここは私が考える「まちのツボ」をしっかり押えた庭だ。小さいながらも効き目は大きい。まちのなかに大きな緑があり、それぞれが連続すればベストだが、今の街の環境を考えると困難である。しかしこんな小さな緑でも要所要所にあり、それがつながればとてもいい環境がまちに生まれるに違いない。密集した街では、新しく1ヘクタール(100m×100m)の公園ひとつを確保することはとても難しい。それよりも、100円パーキング2台分(25m2=5m×5m)の緑地100箇所を確保し、幅1.0mの(分断しない)草地を7.5kmに渡り連続させる(これも同じ1ヘクタール)ことでもさまざな効果が期待出来る。これは決して無理なことではない、なぜなら今や過剰にできてしまった100円パーキングを買い取って、現況の歩道や車道の緑地をもう一度、しっかり生態的に復元・再生すればいいからだ(言うが易しは承知の上)。実現すればすごいエコロジー・シティーができることになる。そのためにも「素夢子」の看板娘の雑草たちが、別の店でも活躍してもらいたいものだ。この程度の余地を草地にするのであれば経営者にとってまったく負担にはならないだろう。つまらない看板よりもはるかに店の魅力アップになる。地に生きた緑の看板が手をつなげばきっと何処にも無い快適できれいな街ができるだろう。街が生んだ環境の悪化は、まず街の中で出来ることから、出来るやり方で解決すること大切。
 会議の席での高田先生(森林生態学)のことば「(自分は、人間は)人類が滅びる日が判っていてもその日まで若木を植える行為をする(するべきだ)」が私にとって今日の宝物だ。(森林再生の最先端の研究者だけにその危機感が伝わってくる)【2008/09/13】

●素夢小・古茶家/add:京都市中京区烏丸三条西入/tel:075-253-1456/open:10:00〜21:00/定休日:水曜日

*1 版築(はんちく):壁を造る場所に両側から板などで囲み枠を建て、枠の中に粘土・土に砂利などを混ぜ、つき固めながら建造した壁もしくは、その工法。身近な素材で強い構造が得られるため、古くから民家の壁、城の土台、古墳などに使われた工法。万里の長城もこの工法で造られている。

2008/09/11

今日の仕事場/木を植えるのはなぜ?

今日は新設小学校計画の為に某市教育委員会で打合せ。打合せまでの車中、いつものように「どんな楽しみかたを子どもたちはしてくれるんだろうか」と手帳に落書き(スケッチ)をしながら場づくりを考える。もともと学校の周辺にあった雑木林が復元出来るといいな、校舎とグラウンドの間には林が〜などと考えていた。ところが庭・樹木の説明をし始めると「木は要りません、落葉があると苦情が来ます、虫がつきます、プールに葉が落ち入り水が腐ります。鳥が巣を造ります。カラスも来ます。シンボルが一本あれば十分です、あとは芝生。暑い日には外に出しません。それと花が咲くものも要りません、花が落ちますから」・・・と担当のコメント。(正直、最後の花が落ちます・・には笑わざる得なかった)私が小学生のころはよく木で遊び、木陰で休んだものだった。学校の中の木には名札も付いていた。その頃に覚えた木は今でも良く知っている。ところが今日はどうだろうか、そんな学校生活を豊かにしてくれる大切な環境は必要無い、学校に樹木は必要ないと言われたのだ。どうやら樹木があることによる利点より苦情対策の方が優先らしい。この教育委員会の担当の方々が特別なのか、極めて現実的なのか、どうかは知らない。しかし、こんな話がまかり通る今の学校教育っておかしくないかな。子ども達は大人たちがこんな議論をしていることすら知らない。果たして子どもたちの気持はどこにある。子ども達が近い将来からなず直面する深刻な地球環境問題への解決はどこにある。私は木があるしかも、沢山あることでいろいろな教育ができる、子ども達の遊びが始まると信じている。そして子どもたち自らがこれからの環境問題に立ち向かっていく糸口はそこにしかないと思うのだ。【2008/09/11】
追記:「樹木に親しむことは、優れた童話を読むのと同じような効果がある。(京都府立植物園・松谷茂園長のことば)」このことをもう一度思い浮かべた。(庭を旅する/第2歩 京都府立植物園 参照)

2008/09/08

今日の仕事場/設計とは何か?

 一昨日から部屋に閉じこもって図面を描いている。なん本もなん本も線を描きながら頭をよぎったこと。いつも思う設計(デザイン)のこと。実は先日、仕事で関っている工務店の担当者が私に聞いてきた。「いつも(工事費の)大きな仕事ばかりしているんですね・・・」そこでどうしてかと聞く「既製品を使っていない」からだと言うような意味が返ってきた。私はその意味がよく掴めなかったので少し聞き返した。つまり「既製品を使わない」=「潤沢な予算」という意味のようだ。これに少し近いことがお役所の設計業務でもある。なにか新しい提案をしたとする。すると「このような設計の事例を持ってきなさい」とよく言われる。この二つの話の背景にあることは、「既製品は正しい」、「新しいものは費用が増す」もしくは「新しいものは大変である」、「新しいものは心配だ」ということ。私はいつもとぼけて「設計ですから」と言い訳する(もちろん提案を納得してもらうための説明はします)。設計と言うものは、その場所・使う人・使い方・時間の経過にとって望ましい提案を行うこと、しかも限られた予算の中で最良の方向を見つけること。それを具体的なものづくりとして導くこと。だからいつも違う内容だし、作り方も異なる。いたずらに既製品を並べることもしない。既製品よりも安価でお金をかけずに質のいいものはいくらでも創れる。設計者にとって当然ことだが、どうも世間では違うらしい。既製品は安価で正しいと信じて疑わない。確かにそれをまったく否定はしない。しかし、TPOに有ったものがその中にどれだけあるだろうか。その製品が品質的に優れているのか、金額が妥当か、環境に対した配慮がされているのか。設計をする人間は、さまざまな視点から見定めなければいけない。それを庭の草花に置き換えてみるといい。園芸店から草花を買ってきて庭に並べたら優れた庭になるとは誰も思わないだろう。並べる草花の相性もある、季節的な変化もあるだろう。配置ひとつで大きな変化も生まれる。もちろん人に依って好き嫌いも有るだろう。加えるならばはたして園芸店で入手した草花が健康なものかどうか。いいものを造ると言うことはやはりなによりも時間と想像力と、人の手をかけて創り上げるものであると言うことを多くの現場技術者が忘れかけていはいないか。もちろんこれはわたし自身への問いでもある。しかしそんなことよりも今、引いた一本の線がどんな空間を創るのだろうか。設計とは実に楽しい作業。庭づくりも同じ、地面に伏して草花を見ていると楽しい。まず「楽しく・楽しく」これがいいものづくり・環境づくりの第一歩、そして時間をかけてこつこつとするこれがいいものづくりの一番の近道だと思う。設計も同じで一夜二夜で満足する図面は描けない、描いては消し、消しては描くの繰り返し。そんな無駄とも言える作業と時間の繰り返しの中からパ〜ッと場所のイメージや使い方のシーンが開ける時がある。ここまでくればしめたもの、70%できたも同じ(でも実際は70%以上の図面が待っている)。設計って体力勝負・気力勝負かもしれない。【2008/09/08】
Photo:バラ用トレリスとベンチの1/10模型。形や大きさ、制作方法、色などを検討。実際に木で作った。これも大切な設計作業のひとつ。

2008/09/03

今日の庭/ハチと付き合う

ニュースを見ていると、「9月3日、新潟県小千谷市の寺が全焼・スズメバチの逆襲」と報じられていた。原因は「住職がスズメバチの巣を焼き払おうとし、竹の棒の先に火を付け、寺の食堂の押し入れ内にあったスズメバチの巣を焼き払おうとした。しかし、スズメバチの逆襲に遭い、火が付いたままの棒をその場に投げ捨てて避難。その間に火が寺に燃え移った。」という。なんとも笑えない話だ。これからの季節、スズメバチやアシナガバチが活発化し、巣がどんどん大きくなる。先日も公園のアシナガバチの巣を撤去しようとしてバチの群れに刺され作業員の方が亡くなられたと新聞に報じられていた。皆さんも庭仕事の時は十分に注意しましょう。まずは、庭にハチがいたなら小休止、お茶でも飲みながら、慌てず騒がず何処から来るのか見ましょう。特定の場所に沢山飛んでいたら近くに巣があるかも知れません。一番の対処は近づくのを止めましょう、つまり「Don't Disturb」かまわないこと。次にどうしても巣を取らないといけない場合は、場所をちゃんと確かめておいて陽が落ちてから除去作業を、くれぐれも真っ昼間の作業は危険です。ハチは夜は飛べません。ハチスプレーや殺虫剤を過信するべからず。簡単に出来ることは新聞紙に火を付けて「煙」でいぶせばハチは闘うことができません。後はトング(火ばさみ)で巣を採れば良いのです。でもくれぐれも落ち着いて。それともう一つ、ハチの古巣を見つけたらな(アシナガバチなんかの)、取らずにそのままおいておきましょう。ハチは、古い巣が有った場所の近くには巣を造らないと言われています。その習性を利用してもし古い巣を見つけたならそれを取って巣を造って欲しくない場所にぶら下げておけば大丈夫。アシナガバチは、庭の草花を食べる虫を獲ってくれます。庭づくりの中で大切な役割を担ってくれています。仲良くつき合うための工夫と気配りも必要。
【2008/09/04】
*写真は、「これ私に以上近づかないで!」というメッセージ(体全体で表現)を出すアシナガバチ。許容距離は10cmぐらい? アシナガバチは、花の蜜も吸いますがほとんど肉食。青虫なんかをピンセットでつまんでいると持っていってくれます(これって餌付け?)。The Gallery Ikimono/「セグロアシナガバチ」をご覧下さい。

2008/09/01

今日の庭/近江兄弟社小学校前庭


ボーダレス・アートミュージアムNO-MAのワークショップ(*1)で、近江兄弟社小学校にいった(今日は河童と絶滅危惧種の話し)。予定時間まで教育会館(登録文化財、1931年築)の軒下でコーヒーを飲みながら芝生の前庭を眺め時間を過ごしていた。低く深い軒下のベンチに座るととても落ち着く。目の前には、環境に配慮した(エコロジカルな)花壇(*2)、緩やかな芝生の築山、ウスバキトンボ(*3)が群れ飛び、樹々越しに旧ヴォーリズ自邸(現・一柳記念会館)が見える。ここは近江兄弟社学園のなかでも僕がもっとも好きな場所の一つである。一般的に学校は規模の大きな建築の部類に入る。しかしながらヴォーリズさんの建築には、このようなこじんまりとした空間が適所に用意されている。使う側への心遣いに溢れている。おそらくこの軒はこの建物のオリジナルだろう。前庭の芝生の築山は、過去の写真から判断すると後から造られたものの様だ。しかし教育会館の軒空間との相性は大変に良い。いつの時代に造られたかは知らないがヴォーリズさんが考える建築を十分に読み取った結果と思う。軒下空間は建築のようでも、庭のようでもある。見事なまでの空間づくりだ。現代の建築は、住宅も公共建築も肥大化する傾向にあると感じる。このようなあいまいな場所(無駄な場所?)も少なくなる。ましてや庭は二の次でいい・・・。これは限られた敷地にさまざまな便利と機能を求めるが故の結果かもしれないが、私はすきにはなれない。その場に身をおいた時の時間がまったく異なるからだ。今、ヴォーリズ建築が注目されている。なぜだろうか?この空間を訪れ、時間を過ごすと特有の暖かさと落ち着きがあることに気づく。これこそがヴォーリズさんの建築哲学なんだろうなと思う。【2008/08/31】

*1「地域交流事業2008年夏」右の「つながり」でご覧下さい。

*2「庭を旅する/第一歩・近江兄弟社小学校の花壇」参照

*3 ウスバキトンボ(薄羽黄とんぼ):毎年東南アジアから飛来して、世代を繰り返しながら北海道あたりまで勢力をのばす。関東あたりでも越冬はできないと言う。アカネ(赤とんぼ)の仲間ではない。お盆過ぎから数を増やす。風に乗るのが上手く、ほとんどとまること無くゆるゆると飛び続けている。 The・Gallery・Ikimono/「旅するトンボ」をご覧下さい。

2008/08/26

今日の庭/蝉の季節、季節の蝉(2)

ちょうど10日前に「蝉の季節、季節の蝉」の話を書いた。そのお盆のツクツクボウシの声を聴いてから、急に秋づいてきた。あれほどまでに暑かった毎日がウソの様、生きもの達の季節感にはいつも感心させられる。ニュースの季節予報よりもずっと正確かな。さて今日は、ヒグラシの声が聴こえてきた。これも京都の街中で初めて聴いた。少し山の方に行けば出会える蝉だが、街中でその声を耳にするととても違和感が有る・・たぶん山から飛んできたんだろうが。今年の気候は、やはりどこかおかしな気がする。【2008/08/26】

2008/08/24

今日の庭/河童のいる庭

 今日は、滋賀県近江八幡市にあるボーダレス・アートミュージアムNO-MA地域交流事業「河童を探せ!」のワークショップ・第二回目。古い町屋を改装した「尾賀商店」のギャラリースペースが会場。ギャラリースペースといっても床は土間、戸板を外せば外と内の結界はあいまいになり、外の風が身持ち良く流れる。これも「ニワ」空間の一つである。今回の僕は、「河童と生きものが立たされてきた環境」について話した。ご一緒した京都橘大学の小暮さんは「河童と文化や地域」の話しをされた(http://kogure.exblog.jp/d2008-08-23)。それぞれの話しで共通だったのは「あたり前のものこそよく判っていない」、「あたり前のものこそ記録されずに消えていく」ということ。話し足りなかったこともあって、終わってからそのことばを反芻しているうちにふと「にわとり」が頭に浮かんだ。子どもの頃はあたり前のようにまわりにいた生きものである。またその名前「ニワトリ」の語源は、「庭にいる鳥」だからと言うことは、容易に想像される。調べてみるとやはり、「庭の鳥、庭にいる鳥」の意味の「ニハツトリ」で、「ニハツトリ」の連帯助詞「ツ」が落ちて変化した語とある。「ニハツトリ」に対する野生の鳥は、「ノツトリ(野つ鳥)」と呼ばれた。ではなぜ庭(ニワ)に鳥なのか? イギリスを始め他国の庭には、よくニワトリや鳩(ハト小屋)を目にする。彼らはペットであったり食材であったりするが、もう一つ生活に欠かせない大切な役割がある。そのワケは、鳥の糞は植物の三大栄養素「窒素、リン酸、カリ」を含み、即効性のある有機肥料として野菜づくり・庭づくりに容易に利用できるからだ。中でも多く含まれるリン酸は植物の芽や根、実などの成長に役立っている。生育初期に適度のリン酸が吸収されると、その後の生長を良好にし、病気に対する抵抗力も強くなる。現代では、糞害として迷惑な評価しかされないハトも古くから庭づくりには欠かせないものだった。今の生活の中では、よほど豊かな敷地でもないことには鳥のいる庭なんてなかなか造れなさそうだ。特に街中では「あたり前の庭づくり」すら難しいのである。しかし唯一、小学校ならそんな庭づくりも可能と言えそうだ。
余談ですが、子どもの頃に家にはいつも何らかの鳥が沢山(カモ、アヒル、スズメ、ムクドリ、ハト・・・多数)いた、そして彼らの食べ残した餌や糞を毎日、庭に蒔いていた。その所為だったのか庭の草木は年がら年中、生き生きしていた。そして(今想えば)時々、紅葉の葉っぱのお化けのような怪しげな草なんかも生えてきたのでした。
【2008/08/23】

2008/08/17

今日の庭/蝉の季節、季節の蝉(1)

 街中でクマゼミやアブラゼミの死骸を目にすることが多くなった。そろそろ真夏の蝉もおわりの頃を向かえたようだ。そんな今日、今年初めてのツクツクボウシの声を聞いた。この蝉は例年ちょうどお盆過ぎから出現する。この蝉が鳴き出すと秋を感じるが、はたして今年はどうだろうか。ちなみに京都市内(岡崎辺り)では、ニイニイゼミは7月5日頃、クマゼミは7月14日頃、アブラゼミも同じ頃、そしてちょうど1ヶ月遅れてツクツクボウシが現れた。今年はミンミンゼミも聞くことができた、京都ではこの蝉を市街地で見かけることはまずない。鳴き声は一匹だったので何処からか飛んできたのか、それとも幼虫時代に植木と一緒に運ばれてきたのか。関東ではクマゼミが、関西ではミンミンゼミが増えてきたといわれている。街中の生きものが増える、これはなんとなくいい感じ?でもこれには少し訳ありのようだ。今や公園に植えられる樹木の多くは、日本中からやってくる。例えばクスノキは九州から、ケヤキは関東からやってくる。蝉の幼虫は土中で木の根の汁をすって生きている。蝉の幼虫も樹木と一緒に、つまり蝉も現代ではトラックに乗って日本中を旅していると言う訳だ。こんなこと考えると、公園の木を見る時に今までとは少し違った見方も出来そうでしょ。【2008/08/16】

2008/08/15

市民ガーデン(1)自力建設でいこう!


長野県・K市のユニークな市民ガーデンづくりに関っている。この市民ガーデンは、平成17年に市民参加の地域づくりワークショップの中から生み出されたものである。ここまでなら一般の市民参加型計画の公園整備だが、ユニークなのはそのワークショップから園芸を中心とする市民団体が生まれ、その中心メンバーが行政との協力体制を組み、自らで具体的な計画を立て、緑化支援系の助成に応募し、加えて自分たちで公園を造ってしまおう(自力建設)といった動きである。そして地域在住の園芸・造園・建築などの専門家が計画をサポートする。大きな造成や管理棟などの施設は行政に依る基盤整備となるが、本市民ガーデンが完成したおりには、その運営・維持管理を市民団体(環境系NPOを設立)が行う予定である。(もちろんそのための準備もすでに始まっている)多くの都市公園は、行政が計画・建設・運営・維持管理を行い市民に解放されてきた。現在もそのような公園づくりが一般的である。しかし今や公園づくりも、市民の財産として市民自らが考え運営を行う新しい動きも生まれきた。この新しい公園づくりにしばらくつき合おうと思う。【2008/08/15】

2008/08/10

庭を旅する/第二歩 京都府立植物園 ★★★★★


 京都府立植物園は京都市街北部、加茂川のほとりにある。大正13年(1924)1月1日に「大典記念京都植物園」として開園。第2次大戦中は園内に菜園が設けられ食糧増産の場になり、戦後は昭和21年(1946)から12年間連合軍に接収された。このとき多くの樹木が伐採されるなど苦難の時代が続くが昭和36年(1961)4月、憩いの場、教養の場として再び開園。その後、日本の森、洋風庭園、温室、植物園会館、北山門を完成するなど、40年近くの歳月をかけ、平成16年(2004)には開園80周年を迎えた。園の南半分は、バラ園、噴水や滝のある沈床花壇よりなる人工的な庭園。これに対し北半分には、園内唯一の自然林である半木(なからぎ)の森や植物生態園など、北西部角には宿根草・有用植物園がある。温室は、面積・栽培植物の種類ともに日本最大級。ただ残念なことに近年、園内に植栽展示されている苗の盗掘が絶えないと聞く。まったく残念なこと。 さて、植物園の楽しみの一つに入口で配布されている手書きのマップ「きまぐれ便り」(無料)がある。このマップ、園内を散歩する時に大変に具合がいい。以前、だれが書いているのか疑問だったので調べてみた。驚くべきことに2004年12月16日の創刊より園長さん自らが描いたものだった。今年3月には、創刊号から2008年3月29日号(No.175)すべてが合本・刊行された。これは園の歴史資料と共にまとめられた貴重な記録だ。(上のイラストマップが「気まぐれ園だより」夏休み植物園の12以上の楽しみ方版)
 私が植物園を訪れた記憶は小学生低学年の頃までさかのぼる。その頃たびたび父親に連れて来てもらった、その時の園内の様子はすっかり忘れてしまったが不思議と五葉松の名前と場所だけは深く覚えている。きっと五葉松の涼しげな葉姿と樹形の風景、そして何よりも松林一帯に漂うすっきりした空気が体のどこかにきっちりと記憶されている。「たった200円で一日たのしめるやんな〜」とは、園内ですれ違った学生カップルの会話。みなさんも是非、遊びに来て園内にお気に入りの場所や樹木を見つけてください。
「樹木に親しむことは、優れた童話を読むのと同じような効果がある。(松谷茂園長のことば)」まったく同感である。【2008/08/10】
●入園料:一般200円・高校生150円・小中学生80円 但し温室観覧料は別途必要 年中無休(年末年始を除く)午前9時〜午後5時(入園は午後4時まで)夏休み開園時間延長7/19〜8/17 9:00〜18:30 
●行き方:地下鉄北山駅、改札を出て地上に上るとすぐ入口、徒歩3分
●http://www.pref.kyoto.jp/plant/index.html

道具考/その3 ジョウロ(如雨露)


今回は、ジョウロ(如雨露)の話し。雑誌等でよく目にするジョウロのオリジナルデザインは、英国製のHAWS(ホーズ)社のもの。これはピーターラビットの絵本にも登場する。ホーズ社は、1885年に園芸家ジョン・ホーズによって創業、氏は翌86年ウォータリングポットを改良し特許を申請。それによると『かってないこの新しい形は持ち運びと水やりを簡単にし、同時に大量散水が可能で付属品も揃えたものである。』とあるらしい。この時、作られたウォータリングカン(ジョウロ)は完璧なバランスに仕上がり、満水時でも、半分でも、空の状態でもユーザーにストレスをかけないデザインはホーズ社に大きな発展をもたらした。当時、ウォータリングカンと言えばバケツのようで、すべて手作りだっただけに、このホーズの使い勝手のよいデザインと管理された品質は注目を浴び、ロンドン近郊や地方都市の温室栽培家、英国中の造園家・園芸家に広まっていった。今ではブリキ製、銅製に加えプラスチック製のものが作られているがオリジナル・デザインはほとんど変わる事なく続いている。他社からも多くのものが市販されているが品質の良いものは決して安くはない、しかし永く付き合う道具として良いものを選びたい。一つのものを丁寧に永く使うことは、植物を育てる時に大切な気持ちと通じるものがあるからだ。

■なぜジョウロを使うのか?
ジョウロでゆっくりと草花に水を与えることはホースの水播きに比べると少々面倒くさく感じるが、逆に草花の一株一株をよく観察することができる。植物が病気になったり、毎日の成長の変化が判る。草花の種類によって必要な水の量も異なる、そんな時もジョウロを使うことによって与える水の量が容易にコントロールできる。これはホースによる灌水ではなかなか出来ないこと。また、液肥を与えるときは希釈の目安にもなるので必需品となる。

■ジョウロの選び方
・ハス口(蓮口):ジョウロの先につけ水を細かくする部分、名前の由来は形が蓮の実(花が終わった後)に似ていることから。ハス口の細孔はとかくゴミがつまりやすいので、取り外せることが条件。また小さな鉢や草花の根元に直接、水や液肥を与える時はハス口が取り外せる方が便利。
・形と材質:形はおおむね同じだが、持ち手は大きく、首の部分が長いほうが使い勝手が良い。また上部の開口も大きいほうが内部を洗う時に楽。材質は、ブリキ、銅、ステンレス、真鍮、プラスチック等があるが、ブリキ製かプラスチック製が一般的。ただしブリキ製は丈夫だが少々重め、プラスチック製は軽量だが耐候性に欠ける。ハス口がなくパイプ状に細くなっているのは室内用。形は上から見た時に一般的な胴部が丸いタイプのものより、すこし楕円形になったものやハロスター社の少々薄っぺらなタイプ(最近、インターネットで入手出来る)のものが使いやすい。
・大きさ(容量):あまり小さいと頻繁に水汲みが必要、逆に大きいと水を入れた時に重くてなかなか大変。通常の使用では5〜6リットル程度のものが使いやすい。ただし、室内専用であれば1〜2リットル程度が適当だろう。【2008/08/10】

今日の庭/京都府立植物園


昨日は驚異的な雨だった。各地で悲しい事故も起きた。あらためて都市型河川の怖さを知った。さて今日は植物園に行ってみた、思ったとおり樹木たちはとても活き活きとしていた。木々は葉を輝かせ、樹皮に着く苔は瑞々しく、また樹皮の割れ目からは樹液が流れていた。係の方に話を伺うと、今年は水不足、昨日の雨で少しは助かったが一日水を与える作業が無くなっただけとのことだった。そのためだろうかカツラ(*1)のように、秋さながら黄葉し、葉を落とし始めているものもあった。今年の蓮の開花は例年よりも遅いそうだ。これも水不足と高温の影響だろうか。もの言わぬ植物たちも大変な夏を過ごしているんだろうな。(写真:たっぷりと水を含んだ苔をまとったエノキの大木)【2008/7/29】
植物園・夏の開園時間の情報:7月19日(土)〜8月17日(日)まで開園時間を午後6時30分まで延長(入園は6時まで)
*1:カツラは山間部の谷地形に生育する落葉広葉樹、葉は淡い緑のハート形で美しく、秋に黄葉する.

2008/08/04

今日の庭/二本の木

今日の庭は、一般的な庭とは少し違った話題である。「町が家であるとすると公園は町の庭である」と思う。歩道の街路樹も大切な庭の一部と言える。その街路樹・見慣れたイチョウ並木の数本が電気工事のために幹の途中ですっかり伐られてしまい、後は根ごと撤去されるのを待っていた。(右の写真をよく見ると地面から1.5mぐらいのところで幹が無くなっているのが判る)それらの街路樹は翌日、根ごと跡形も無くなった。街中ではたびたび目にする光景だが、いつも痛々しい。バスを待ちながら工事の様子を見ていると「工夫すれば伐らずに済むのに」と素人ながら思った。やがて工事が終われば、何事も無かったかのように同じ種類の木が植えられるのだろう。そしてまたいつか同じようなことが起るに違いない。街路樹のすぐそばには「まちの緑を大切にしましょう」とある。
さて、この一件を目の当りにして、広島城公園のある木を思い出した。写真を探してもう一度見る。「道が先か、木が先か?」どっちにしてもちょっと少し不思議な風景、印象的な木だ。このそれぞれ二本の木の存在・生い立ち、人との関わりを考えるとさまざまな思いが湧いてくる、この違いをどう見るかは皆さんが思うに任せよう。
【2008/08/04】

2008/08/02

道具考/その2 移植ゴテ


移植ゴテは庭仕事に欠かせない道具の一つ、作業をしているといろいろなタイプのものを試したくなる。いくつか使っていると、お国柄や目的の違いが判ってくる。やはり自分の手や指の延長として活躍するものなので使い易いものを選びたいものだ。こどもの頃のおなじみタイプは、土を掘る部分(ヘッド)から柄のところまで金属で一体となっていたもの。どこでも手に入り安くて軽いが、ぺらぺらなので一生懸命に土を掘るとちょうど柄の付け根(首の部分)のところでグニャリと曲り、繰り返し使っている間に折れてしまう。ほったらかしにするとすぐにサビサビ。幸い最近は、ずっと良質のものが入手できるようになったが、残念ながら日本製には満足出来るものが無い(これほど園芸が盛んなのに不思議だ)。そこで登場するのが、イギリスのSpear & Jackson社の製品(愛用しています)。ステンレス製のヘッドに木製の柄、デザインはこれとって特徴が無いが、ヘッドは土を混ぜたりする時に大変に具合の良いカーブを持ち、全体のバランス、ヘッドの大きさと薄さ、柄の角度もバツグン、柄の部分は木製だから寒い時期の作業でも冷たくない。そして、何よりも手の小さな人にもしっかり握ることができる。参考までにイギリスでは、移植ゴテも幼児用、子供用(それぞれ大きさが異なる)のまったく手抜き無しの本格的なものが販売されている。
写真左より、オランダ・SNEEBOER社製(頑丈なステンレス製だがフラットな形のため使い勝手にややくせ有り)、中央の3本が英国・Spear & Jackson社製(どれもとても使いやすい)、右は何処製か不明・アルミ製の細身のもの(鉢苗の植え替えに便利)。写真には無いがカナダ製のアルミ鋳造タイプ(本体と柄が一体のもの)は、大きく握りにくい、刃(本体)の部分が厚い、柄の部分が冷たく疲れる・・・結局、使い物にならなかった。そこで道具箱の中でも自然淘汰が起る。やはり永い園芸の歴史の中で生まれ育ち、残ってきたものはすばらしい。【2008/08/02】