
久しぶりの小学校での親子参加プログラム、今回は一年生も参加できる内容を考えた。X' Mas 前なので学校の周辺の草地で採集した野草で押し花をつくり、額装することにした。近くの蛇砂川の河川敷を歩き自然観察、野草を採集し押し花にする。もちろんすぐには使えないのであらかじめ押し花(約一月前から準備)にしておいた野草を配り、思い思いの絵を描いた(写真上)。保護者の提案で学校で飾るリースも作る。敷地内にある月桂樹の枝を三つ編みにしてリースを作ると部屋中がいい香りでつつまれた。【2011/12/10】




今日は恒例の近江兄弟社学園のヴォーリズデーに参加。このヴォーリズデーとは、「2007年度からヴォーリズ先生の誕生日である10月28日から始まるヴォーリズ・メモリアルウィークの最終日に位置づけ、学内外の交流、同窓生のホームカミングデー、オープンキャンパス等を開催し、学園をより多くの方々に知っていただく日にしたい」と設けられた学園の文化祭。毎年の事ながら自分が設計した学園の中庭がどのような使われ方をしているのか見るのはドキドキする。自分が関わった設計にこのような機会で参加が持てる事は設計者冥利なのである。中庭に集まった学生、教職員、保護者、その他大勢があおぎ見ているのは東の校舎ベランダで開会の音を奏でる高校の吹奏楽部、その反対の校舎では先生が指揮をする・・・なかなかダイナミックで面白かった。今年の参加は昨年に同じの「ミャンマーそばのガレット」である。店はというと・・・いつものようにバタバタなのである。不思議とお客さんはコンスタントに来ずに、何人もが嵐のごとくやってくる。心配された雨は、ようやく片付けが終わった夕方になってぱらりと落ちてきた。今日も感謝の一日だった。【2011/11/06】
長らく揚水が出来なかった風車の修理を行なう。風車揚水は風による風車の回転をチェーンにより上下運動に変えて、手押しポンプを稼働させ揚水を行なう仕組み。建設当初は快調に揚水をしていたが、しばらくして機能出来なくなり2回の修理をした後再びダウン、今春以降水を揚げる事無く風車だけが回っていた(ランドマークにはなっていた)。さらに台風12号の風でチェーンが落下してしまった。風が常時吹いていれば問題ないのだが、現実はすこし問題があった、原因は2つ。まず1つ目、常時風がふかない時、ポンプ内の水が落ちてしまう基本的構造の問題(普通のポンプなら呼び水をすれば水が揚がる)、2つ目はポンプのピストン弁の消耗が激しいこと(揚水の必要ない時も稼働している)。今回はその修理を行なった。まず最初に手押しポンプをはずし、内部の清掃。内部には小石や枯草などのゴミがあった。ザリガニやメダカの死骸もあった、水中の送水パイプに隠れていたところを水と一緒に吸われたのだろう。ポンプをきれいにしたあと、ピストンを新品に交換し、水中の送水管まわりを浚渫(泥に埋まっていた)、送水管の先に「逆止弁」をあらたにつけた。逆止弁には、ザリガニが二度と不幸にならないようにゴミネット(台所排水用)をつけた。作業の日、ずっと風車は一度も止まる事無く回り続けたためにチェーンはかけられない。こんな事もあろうかと用意したハンドルを取り付ける。全てを組み込み、ハンドルを押すと勢いよく水が揚がる。しばらく止めた後もポンプ内の水は落下する事無く、ハンドル一押しで再び水を揚げた。これでチェーンさえつければ常時稼働する。ピストンの消耗については、水田に水を揚げる春から夏場に限りチェーンを連結すれば解決できると考えた。最後に水田までの横樋を塩ビパイプから竹に引き替え、完成。解決のポイントは、どうやってポンプ内の落水を防ぐか・・・逆止弁の構造をいろいろと考えたが、なんとすでに製品になっていた。@兄弟社小学校北の庄【2011/10/27】
TV取材協力したから見よと夜、友人より携帯メールが入る。その番組タイトルは、「NHKスペシャル/クニ子おばばと不思議の森」。かつて何度も訪れたことのある九州山脈ど真ん中の椎葉村(宮崎県)が舞台だ。昔ながらの焼き畑農法を守る椎葉クニ子さん(87歳)が主人公。クニ子さんの生活や森の話をカタツムリが語り部となって紹介する。雑木林の伐採/椎茸栽培〜焼き畑/火入れ〜そば栽培/山菜〜小豆〜大豆、といった一連の農法が丁寧に紹介されていた。クニ子さんの生活と思想は「森の民」として断じて無駄の無い合理的でシンプルな、そして森の神様のもとで恒久的持続可能な環境に基づいていたものだ。東南アジアの森の民とまったく同じ。その話は民俗学、博物学、生態学・・・の根底に流れるもの、面白いし、全て経験中から出てきたもので富んでいた。一見、自然環境にとって乱暴な見える焼き畑が、実は森にとって大切な「かく乱」であり、その刺激が森の再生を促すことになる。いま各地で猛威をふるう「カシガレ(ナラガレ)被害」、先日の台風による甚大な被害・・・森の民・クニ子さんの教えの中にヒントがいっぱいあったのではないかと思ったのは僕一人ではないだろう。クニ子さんが守る想い出のナラの木、神様と慕うモミの木、30年前に蓄えたヒエがまだ発芽し食用となること、火入れの作法・・・もっと見たい。
小諸(長野県)への出張の夜は、中秋の名月・・・だったことを愚かにも翌朝思い出した。それはちょうど新しい公園の敷地周辺をサーベイ中、島崎藤村旧居跡のそばに生えているススキを眺めた時だった。ススキの隣には、まっすぐでない電柱に古い電灯が二つ、その一つにはなぜか昼間なのにLED電球が点いていた。ススキを仰ぎ見た時にその向こうに広がる青空に名月が見えた(気がした)。しばらく見ていると駐車場から出てきた男性が「何見てる?」。「ススキと電柱があまりにも良いので、写真を」と答えると。この男性「電柱?、そのススキは変わってるのか?」。やっぱり伝わらない。住んでいる人たちはそんなことは思わないのだろう、昨日のねこじゃらしの草原もそうだった・・・そして今度行くと無くなっていたりするものだ、いとも簡単に壊されてしまう。しかし想像するに優しいのだけど、この風景を島崎藤村も毎日見ていたかも知れない・・・と思うと、こんな風景が街中に未だ残っていること自体が愛おしく思うはず。僕はこんな風景も町の財産だと思う。さてごく普通の中の大切なことをどう伝え、守れば良いのかな。@小諸市【2011/09/13】
停車場ガーデン(大手門公園)の拡張エリアが一面、ねこじゃらし(エノコログサ=イネ科の一年草)の草原になった。将来は芝生の斜面に樹木が点在するのだが、この風景もなかなかきれいだった。写真では判りづらいが、斜面一面にねこじゃらしの金色に実った穂が風になびき空気を染め、穂先が発するかすかな音が心地よい。町の中にこんな草原があれば良いなと思う。このことを知人に話すと「それは都会の人のこと・・・こちらではだれもそんなこと思わない。公園にこんなところがあったら手入れされてないと言われる、云々。」確かにそうかもしれないけど、これも日本の野草の一つの姿、一年に一度ぐらいこの金色の草原を楽しむ余裕が欲しいものだ。夕方もう一度見に行った、涙が出る程きれいな金色の草原だった。「だめだ」と思い込むことで本当の美しさとか、魅力が見つけられなくなる。街や公園のなかにワイルドな環境が残されるのは豊かなことだ、この身近なワイルドな環境こそ人の心と身を豊かに育てるものだ。花物の管理ばかりが優先されるガーデンから果たして何が産まれるのか。自問自答・・・。以前、アメリカの公園でこの "ねこじゃらし"と"ススキ”が花壇に植えられているのを見て、こんな使い方があるんだと目から鱗が落ちるほど感心したものだった。【2011/09/12】
震災・原発災害以降、情報として現時点での電力消費情報が出るようになった。この表示は以前からされるべきと考えていた。それは10年程前、東京都環境学習リーダー講座で考えたものだ、なにか日常的に環境負荷をライブで考えられないか・・・当時の講座グループに提案したものは毎日の情報をインターネットで公開、毎月ポストに入る電力消費料金に表示することだった。試しにコピーの切り貼りでデモ電力消費料金を参加者に配った。「こんな表示されていたんだ・・・」というのがその時のコメントだった。みんな本物と思っていた。意外に月毎の電力消費なんかじっくりと見ていなかったという訳。結果、これは必要だとか、考えさせられるというコメントが多かったので、これを東電に提案しようとなった。しかし、その時は「CO2削減」の話題がより大きく、「電力消費量を表してもたいした効果はないよ」と述べた年配者の声だかな一言で意気消沈。今、自分たちが消費する電力をライブで見ると言うことはやっぱり意味あることだと思う。ただしこれを正確な情報と信じたい。【2011/08/11】
長野県小諸市の商店街があたらしくなった。一昨年より商店街のアーケードの撤去事業による通りの再生をアドバイスしてきたもの。アーケードは商店経営にとって長所が大きい、個人的にも好きな街の施設である。暑い日は日陰になり、雨の日は傘要らず、いつでも天気を気にしなくても歩ける、しかも商品の日焼けも気にしなくて良い。しかしその維持管理は経済的にも大変なもの、ましてや老朽化が進み、閉鎖店舗が増えた場合はその薄暗さも手伝ってなんともさびしい町並みを感じさせる。
先日、完成した「もりの風こども園」の靴脱ぎホールにベンチが必要となった。園庭でも使用した「びわこ産材」(=大津地域の杉材)で製作する事にした。通園する子どもたちが毎日少なくとも2回は直に触れるものなのでいい素材を選ぼうと思った。材木屋(伊藤源)さんから普通では入手できない破格の値段で分けていただいた。もちろん塗装もこだわった、安全性と、素材を活かすためにオスモカラーのクリアー(座板)、スカンジナビアンレッド(側板)とした。通常なら簡単なスケッチを描いて大工さんに造ってもらうのだが、今回は予算の条件もあり自分で造る。設計者だが時にはこんな仕事もしたいものだし、するべきと思った。【2011/04/02】
小学校の移転計画(小学生が判る言い方では「学校の引っ越し」)を考える・・・あたりまえだがいくつかの前提条件がある。但しこの条件はちょっと難しくもあり、魅力的でもある。その条件とは・・・新しく小学校が移転する場所には元学校建築があり、この施設を魅力的に活用する(つまり建替えはしない)。現在の小学校は歴史的な背景を持つ(つまり愛着を持った多くの卒業生が存在する)。いくつもの中庭がありこれを有効かつ魅力的に使う。予算は潤沢ではない(これは当たり前)。生物多様性に配慮する・・などなど。そこで今回の計画を進めるにあたり現職の先生と保護者、そして子ども達(なんと卒業生の中学生も参加してくれた!)で新しく中庭になるであろう敷地を考えるワークショップ(WS)を開いた。草ぼうぼうの中庭の草刈りをした後は、感想・希望・要望の意見交換の時間とした。初めての会なのでそんなに多くの意見は出ないが、忘れる事のできないとても大切な意見を頂いた。保護者と児童と教職員が同じ視点で、だれが上座で誰が下座もない、加えて卒業生までもが参加して意見を出し合える学校づくりなんて滅多にない。とても健全で、創造的で、正しい計画の道が始まった。【2011/03/22】
このシートは、僕が関係している小学校に先日送ったもの。今回の震災で多くの子どもたちのこころが傷つき、そして多くの命が亡くなった。しかしニュースを見ているとこども達の様子や状況がほとんど報道されない。そんな中たった一瞬だが避難所で一人の女の子がぬいぐるみを撫でている様子があった。僕はほっとした。震災・津波直後のシーンで少年が釣り竿を持って逃げてきた様子もあった(彼にとって宝物だろう)。一個のぬいぐるみや一本の釣り竿が彼らの心の支えに必ずなると僕は思っている。昨日は、震災発生10日目にして80歳の祖母と16歳の少年が救出された。これには人間の強さに驚き、励まされた人も多いに違いない。しかし一方で原発はいまだ収束の兆しもなく希望を見いだせない。今度は遠くの関係ない地域でも物品や燃料の買い占めが起こっている、ホウレンソウや牛乳の出荷制限と共に風評被害が懸念される、埼玉県では公用車からガソリンが抜き取られる・・・悲しい。そんな思いを拭うためにも書いたものが「子どもたちが自分を守るために用意するものシート(災害時持ち出し品リスト)」。 子どもたちにとってカンパンや薬、頭巾は必要ない、それは大人が用意するもの。彼らにとって必要なものは自分の心を支えてくれるものだと思う。それは一冊の絵本で、一個のぬいぐるみだ。【2011/03/21】




台湾・台北市で2010年11月6日から2011年4月25日まで「台北国際花卉博覧会」が開催される。早速、格安航空チケットを入手し台北へ。メインエントランス(写真1)は地下鉄駅のすぐ前、博覧会と言えば人だかり。ここも多分に漏れず驚くばかりの入場者。3日間有効の花博入場チケット購入。買った後、別のスタッフがやってきて「これは3日券なんですよ、いいんですか」と念を押す、3日券を買う来園者はいないのか・・・(結果としてわかったことなんだが3日なんて必要なかった)。さて初日は全体をざーっと見て、2日目ゆっくりと、3日目はもう一度詳細に見ようと作戦を練った・・・が実際は人の多さにあてられて初日と3日目の2日間の見学となった。肝心の内容はどうだったか。月並みな表現だがとても面白く、とてもつまらなかった。
京都では、ナラ枯れ(=カシ枯れ)といってナラやカシの木々の枯死が目立っている。その被害は大変なものである。これはカシノナガキクイムシ(養菌性のキクイムシ)と言う名の甲虫が特定の樹木に集中して穴を開けて中に卵を産み、そして夏に一本の木から7千以上の幼虫が羽化します。この幼虫が食料としてナラ菌を樹木内で培養する。樹木の幹の辺材部でナラ菌が繁殖した場合に、樹木の通水機能が破壊されて木が枯死する。京都府立植物園でも大径木が次々と被害に遭っている。今年夏についに大きなピンオークが枯死のために伐採された。するとどうだろう、木の樹冠がなくなりぽっかり開いた地面には陽光が射し、沢山の樹木の実生(みしょう)が芽ばえていた。親木であるピンオークの実生を始め、クヌギ、ナラガシワ、アラカシ、ウバメガシ、アカメガシワ、トベラ、ケヤキ、エノキ、ネズミモチなどなど、中には近くにないナンキンハゼまであった。きっと鳥達が運んできた樹木の種子が一度に芽ばえたのだろう。その他、草本類も沢山生えている。この一部を除き、周りの樹林の下には枯葉ばかりで苗木なんて全然ない。これも森の世代交代と言ってもいいかもしれない。でもドングリをつける樹木が短期間に、しかも多量に枯れた時に、その種子を食料とする野生動物にとっては死活問題だ。山野に多様な樹木が、多量に生育する環境が不可欠である。この食料問題は、野生動物の問題ではなく、明日の我々人間の生活にも置き換えられる。@京都府立植物園【2010/10/30】
今日は恵みの雨か、テーマに即した雨か? ちょうど水環境を考える「近江八幡・西の湖シンポジウム」(主催:財団法人ハートランド推進財団)に参加した。午後1時から6時まで・・・つまらなければ途中退散と思ったが、興味のあった地域でもテーマでもあったので幸か不幸かこの5時間は昼寝にならずにすんだ。興味深い話を聞くことが出来たが少々残念で不満だった。なぜならば開催趣旨「西の湖の生物多様性を中心とした地域密着のシンポジウムを開催し、西の湖や水郷などの周辺地域の貴重な自然環境とその保全の重要性について考えるとともに、文化的景観を守るために、伝統的なものの価値を再認識することを目的とする。」とあったにも関わらず話題に上ったのは、西の湖のことばかり・・・素直に考えればこれはあたりまえ。しかし、西の湖を語る上で周辺環境の存在は大切である。西の湖の内湖は周辺を八幡山、丸山、白王の里山、安土のきぬがさ山など、低い丘陵地に囲まれている。丘陵地と水辺が連続するこの豊かな自然環境が生物多様性に深く関わっていることは明らかだろう。そればかりかこのシンポジウムで配布された写真集ばりのりっぱな冊子(これお金かかっているだろうな)にも周辺の丘陵地のことには触れられていない。冊子の表紙(写真上)の写真(西の湖の全景)は八幡山から撮影されている、そして西の湖の背景には安土のきぬがさ山があるではないか・・・にもかかわらずである、話題に一向にその周辺環境の存在が語られない。これは本当に残念である。今日の大きな疑問「なぜ周辺の自然環境は語られなかったのか?」だれか答えてくれないかな〜。最後に今回のシンポジウムの某スポンサー企業のプレゼンテーションは、活動自体はとても大切なことなのだけれど興味を持たせてくれる内容ではなかった。目新しくもない地域貢献の紹介よりも貴重な時間は最後の意見交換に回すべきと思った。【2010/10/09】
ボーダレス・アートミュージアムNO-MAの地域交流事業「農アート・農ライフ」の2回目。今回は、浅小井地区(近江八幡と安土のほぼ中間地域)の「農」を親子三代農家の井上さんに案内していただき、見聞したことを「Kikigakiコラージュ」としてまとめる。井上おじいちゃんには「縄ない・しめ縄づくり」、お父さんには「作物案内」、お兄ちゃんには「農機具案内」をお願いした。僕はお父さんの「作物案内班」。ちょうど大豆、黒豆、小豆、トウモロコシの収穫を間近にひかえた畑でそれぞれを「生食」で頂くことができた。これには子どもたちも楽しめた。経費節約で肥料も農薬も与えない畑には、昆虫も沢山、葉っぱのほとんどは食い。しかしその場で収穫物を味わえたことは幸せにつきる。数日後に収穫をむかえる生トウモロコシの甘さは格別、新しい品種として救世主となるか・・・その名も「ゴールドラッシュ」!午後は、集落の中心でもある「湧水広場」での利酒ならぬ「利水」大会と午前中の見聞を一枚のボードにコラージュした。3班それぞれの仕上がりだった、難しくコラージュと言っても、それぞれが思い思いのことを描けば自然とコラージュとして出来上るのだった。お天気にも恵まれ楽しい一日だった。@浅小井、近江八幡市【2010/10/02】